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名古屋地方裁判所岡崎支部 平成6年(ワ)223号 判決

愛知県〈以下省略〉

原告

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

辻村義之

松川正紀

東京都千代田区〈以下省略〉

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

石原金三

北口雅章

主文

一  被告は原告に対し、金五七二五万五〇〇〇円とこれに対する平成五年四月二七日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金一億九一七八万四二六一円とこれに対する平成五年四月二七日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、証券業を営む被告と継続的な取引を行ってきた原告が、被告との株式等の売買の委託取引において、被告による証券取引上許されない断定的判断の提供・説明義務違反・一任勘定取引・過当取引等により損害を被ったとして、不法行為に基づき、その損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は海運業を営む会社であり、被告は免許を得て証券業を営む会社であって証券取引に関する専門家である。

2  原告は、昭和五八年一二月三日、金利が比較的有利であり、かつ、必要なときに使用できる金融商品として中期国債フアンド二〇〇〇万円を購入したことから、被告との取引が始まった。

原告は、翌五九年二月初旬、被告の営業担当者であるCの訪問を受けて株取引を勧誘され、初めて同月四日に「神田通信」株を一〇〇〇〇株買付けたのであるが、それと同時に株式の信用取引も始まり、それ以来、被告に委託して売買した株式等の取引内容は、別紙「A取引一覧表」記載のとおりであって、その回数は昭和五九年が一二五回、昭和六〇年が一五二回、昭和六一年が七五回、昭和六二年が二三一回、昭和六三年が二二二回、そして平成元年には八一回もの多数回に及んでいる。

3  原告は、前記取引一覧表記載のとおり、これらの取引によって合計一億八一七八万四二六一円の損失を被ったのであるが、被告は、これにより、九五四〇万八四二一円の手数料収入を原告から得ている。

4  原告は被告に対し、株式等の取引によって多額の損失が生じていることにつき、何度か苦情を申し入れてきたのであるが、一層損失は増大した。

二  主要な争点

1  前記Cら被告の担当者らは、原告に対し、株取引による利益は年一五ないし二〇パーセントは間違いない旨の断定的な判断を示し、その上、もし損失が生じてもその穴埋め(損失の補填)は必ず行う旨の約束をしたか否か。特に「タテホ化学」株の買付けに際しては、値上がりが確実であるとして勧誘をしていないか。

2  被告の担当者は、原告に対して株式の信用取引やワラント取引等をさせるに当たり、予め、その取引の仕組み、概要、危険性等につき説明をしたか。「信用取引口座設定約諾書」は、体裁を整えるために後日に作成されたものではないのか。

3  被告は、原告に株式の取引をさせるに当たり、受託者としての善管注意義務に反し、原告の損益を全く考慮することなく、専ら手数料収入を増やすことのみを念頭において、頻繁で過当な数量の取引をさせていないか。

4  被告の担当者は、被告に一切を任せてもらえれば間違いがない旨述べ、原告から株式等の取引の一任を受けた上、違法・不当な所謂一任勘定取引を行ってきたのではないのか。

第三判断

一  前記争いのない事実及び証拠(甲4の1・2、5の1ないし4、8の1ないし3、乙1ないし6、7の1ないし5、8の1ないし7、証人D、同C、同E、同F、原告代表者本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、該事実に反する証拠は前掲各証拠に照らして信用しない。

1  原告は、海運業を営む会社であって、これまでに株式や債券の売買の経験はなかったし、原告の代表者G(以下、単にGという。)にもその経験はなかった。もっともGは、昭和六〇年頃より、個人では株式の売買をやっており、その取引は現在も続いている。

2  原告は、昭和五八年頃、原告の監査役であり顧問税理士でもあった

より、会社の余剰資金を金利の比較的高い国債等の購入に充ててはどうかと勧められ、被告を紹介された。原告は、同年一二月三日、被告の担当者の訪問を受け、勧められて中期国債フアンド二〇〇〇万円を被告を介して購入した。

なお、Dは被告に対し、原告を紹介するに当たって、原告には国債等の投機性の少ない安全な商品を勧めてほしい旨依頼をしていた。

3  ところで、被告の営業担当者のCは、翌五九年二月上旬、原告を訪れ、Gに対し「国債フアンドを株に替えてください。株の方が国債以上の利回りで利益をだせます。年利で一五ないし二〇パーセント、最低でも一〇パーセントは儲かります。」などと述べ、熱心に株式等の取引を勧誘した。Gは、株の売買の経験が一度もなかったことから、当初はCの勧誘に必ずしも乗り気ではなかったが、結局、被告の方でキチンとやって間違いなく利益をあげてくれるなら被告に任す旨を返事し、Cも「お任せください。私の方で利益をだして還元します。」と言うことになって、原告は被告に対し、継続的に株式等の売買の委託をすることとなった。なお、取引は現物取引だけではなく、信用取引も行うことを前提とした「信用取引口座設定約諾書」なる被告宛の同年二月四日付の書面(乙1)が作成されており、同書面には作成名義人である原告の真正な記名押印が押捺されている。もっとも、Gは、信用取引のことは何も説明を受けていないし、右書面に記名押印した記憶もない旨述べているが、少なくとも原告は、被告担当者から「任せてください。利益をあげて還元します。」と言われ、取引の種類・内容等に係わりなく取引の一切を被告に任せており、経理担当の事務員に対しても、被告の担当者が押印を求めて書類を持参したら押印するように指示していたことからすると、右書類もXが自ら記名押印したか、事務員に指示して記名押印させたものと窺える。

なお、原告の作成名義で被告宛の書類として他に「発行日決裁取引の委託についての約諾書」(乙2)、「ワラント取引に関する確認書」(乙3)、「外国証券取引口座設定約諾書」(乙4)、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙5)等が存在し、Gは、これらの書類についても記名押印の記憶がない旨述べるが、これらも原告の真正な記名押印が押捺されており、前同様、G自ら記名押印したか、事務員に指示して記名押印させたものと推認するに難くない。

4  原告は、昭和五九年二月四日、前記中期国債フアンドを解約して得た解約金を資金にして、「神田通信」株一〇〇〇〇株を一六一〇円の現物取引で買い、併せて「天野」株一七〇〇〇株を一四六〇円の信用取引で買った。その後、原告の被告を介しての株式等の売買は、別紙の「A取引一覧表」に記載のとおりであって、最終的に被告に株式等の売買の委託を中止した平成五年四月二七日までに九五〇回に近い回数の売買が行われた(平成元年末迄の取引回数が特に多い。)。これらの取引によって、原告は、結局、合計一億八一七八万四二六一円の損失を被り、他方、被告は、九五四〇万八四二一円の手数料収入を原告から得るに至った。

なお、原告の被った前記損失の約七割強は、被告の担当者により「絶対儲かりますよ。」と言って「買い」を勧められて買った「タテホ化学」株による損失である。

5  前記各取引において、取引の種類、銘柄、売・買の別、値段の限度等については、原告が被告の担当者に対して予めこれを指示したことはなく、そのほとんどが被告の担当者の判断で決められていた。原告は、売買の取引の都度、被告の担当者から事前の了解を求められることも当初の頃はあったのであるが、そのうちに事後の通知・報告のみの場合が多くなってきた。もっとも原告は、売買の成立後、被告から送られてくる「売買報告書」によっても取引の内容を知ることはできたのであるが、特に関心をもって、常にこれに目を通すようなことはしていなかった。

6  前記Dは、昭和五九年四月、被告に対して原告には投機性の少ない商品を勧誘してほしい旨依頼してあったにもかかわらず、原告が株式の売買、特に危険性の多い信用取引にまで手をだし、既に一二〇〇万円余の株式の売却損をだしていることを知った。また、Dは、Gの説明によると「原告は、株取引により少なくとも年一〇パーセント以上の利益をだすことを被告の担当者が約束したので、株式の取引を始めたこと」「株式の銘柄・数量や値段も被告の担当者が決めていること」「被告担当者から信用取引の説明を受けておらず、Gに信用取引の知識のないこと」等も知った。そこで、DとGは、同月末頃、これまでの取引の実状を確認した上、信用取引を中止し、損失を補填させるべく被告(岡崎支店)を訪ねた。しかしながらGらは、原告の記名押印のある「信用取引口座設定約諾書」が被告に差し入れてあることを知り、その上、岡崎支店長Eから「この程度の損失なら埋めることができる。担当者を交替させ、私が責任をもって必ず喜んでもらえるように利益をだします。」との説得を受け、結局、原告は、これまでどおりの株式等の信用取引を含む売買取引を被告に引き続いて委託することになった。そこで、被告の担当者は、従前どおり、取引の種類、銘柄、売と買の別、値段等を一方的に決め、株式等の売買取引を続け、原告には事前に承認をもとめることもあったが、事後報告もかなりあった。被告の岡崎支店長は、昭和六〇年一二月にEからFに交替したが、取引のやり方に変わりはなかった。原告は、「責任をもって利益をだします。」とのEやFの言葉を信じて、全てを被告に任せ、取引のやり方に異議を述べることはほとんどなかった。ところが、昭和六〇年と翌六一年には、被告の担当者の言葉どおり、僅かながら利益をあげることができたものの、被告担当者から「絶対儲かります。」と勧められて昭和六一年八月頃から買い始めた「タテホ化学」株が、翌六二年九月に至って、財テクの失敗が原因(タテホショック)で大暴落し、原告の損失は一挙に増大し、Fの「原告には迷惑をかけません。大丈夫です。」との言葉にもかかわらず、その損失は、その後も結局埋めることができなかった。

二  以上認定の事実に基づいて、被告の責任について検討する。

1  およそ証券等の取引は、本来的に危険を伴うものであって、証券業者の営業担当者の顧客に対する情報、特に値動きに関する情報等は、常に予測や見通しの域をでない不確定な要素を含むものであって、相場の変動により、予期に反して損失の生ずることがあることは避けられない性格を有しており、取引の損益は、原則として取引委託者に帰属すべきものである(自己責任の原則)。しかしながら、証券取引が投資家の自己責任で行うべきものであるといっても、証券業者が行う勧誘がいかなるものであってもよいというわけではなく、証券取引の専門家である証券業者やその使用人は、当然、投資家に誤った認識をさせるような虚偽又は断定的な情報・判断を提供することは回避すべきであり、また、投資家の投資目的、財産状態、投資経験等に照らして明らかに危険を伴う取引方法ないしは過当な取引を積極的に勧誘することは回避すべき注意義務があるというべきであり、証券業者やその使用人がこれに違背したときには、当該取引の一般的な危険性の程度、その周知度、投資家の職業と投資経験、その他の当該取引がなされた具体的状況の如何によっては、右証券業者又はその使用人は、違法な投資勧誘をしたとして、この勧誘に応じて取引をして損害を被った投資家に対し、不法行為による損害賠償の責任を免れないものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみると、(1) 先ず、原告及びその代表者Xは、これまで株式等の売買経験がなく、株取引等には必ずしも乗り気がなかったのであるが、被告の営業担当者Cは、これを知りながら、株の方が利益があがり、年利一五ないし二〇パーセント、少なくとも一〇パーセントの利益は間違いない旨の虚偽ないしは誇大な情報を提供し、原告をして、あたかも高い利益が必ず得られると誤信させるような勧誘をしたこと(もしも損失が生じたときには被告が補填する旨の合意が原・被告間にあったことは、未だ証拠上は認め難い。)、特に莫大な損失が生じた「タテホ化学」株の勧誘に際しては、被告担当者は値上がりが確実である旨の断定的判断・資料を示して勧誘し、原告は、この勧誘に応じて該株式を買って損失を被ったこと。(2) 被告担当者は、原告もその代表者も株式等の取引経験がないのに、いきなり信用取引を勧誘し、当初より、現物取引に併せて大量の信用取引を原告に行わせているだけでなく、予め、信用取引の仕組み・内容・危険性等について原告に十分な説明をしたか証拠上疑問が残ること。なお、その後行っているワラント取引等についても、被告が原告に対し、その内容・性質・危険性等の詳細を事前に十分説明しているかも証拠上疑いが残ること。(3) 被告の担当者は、原告に対して「任せてください。」と言って、取引の種類・銘柄・売と買の別・値段等の全てを自らの判断で一方的に決め、原告に事前の了解を求めることもあったものの、その多くは事後報告をしたに過ぎなかったし、特に最初の六年間の取引回数は異常に多く、これらの取引によって原告が被った損失の実に五割強が被告の手数料に消えていること等の各事情を総合して考えると、被告の原告に対する株式等の取引の勧誘の仕方、取引の仕組みやその内容の未経験者に対する周知のあり方、取引の種類・銘柄・売と買の別・値段等の取引の重要事項につき原告の意向を徴することも少なく、ほとんど被告の一方的判断による取引の方法、結果的にさして利益があがっていないのに異常とも思える取引回数の多さ等を総合すると、法規、社会通念にに照らし、全体として、やはり原・被告間の本件各取引は違法・不当な取引であったと断定せざるを得ず、被告は、これらの取引によって原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである。

3  ところで原告は、本来、自己の財産は自らの力で維持すべきものであるところ、被告との取引において、経験がなく、かつ、十分な知識がないにもかかわらず、被告の担当者の言うがまま何もせず、ほとんど一切を被告に任せっぱなしにして多くの利益をあげようと安易に考えて危険な取引を継続してきた点において、原告にも多分の過失があるといわざるを得ず、被告において賠償すべき損害は、原告の被った損失の一億八一七八万四二六一円の三割に相当する五四五三万五〇〇〇円(千円未満切り捨て)をもって相当と考える。

4  弁護士費用として、本件事案の内容、認容額等を考慮して、二七二万円をもって相当因果関係にある損害と認める。

三  以上により、被告は原告に対し、本件損害賠償金として五七二五万五〇〇〇円とこれに対する最後の取引日である平成五年四月二七日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負い、本訴請求は右限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋英夫)

〈以下省略〉

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